2018年12月16日、
本日は、「自閉症の現れ方は男女で異なる。隠している人ほど精神的な問題が」以前からずーっと気になっていたことをお話します。
発達障害、特にASD(自閉症スペクトラム障害)とADHD(注意欠陥・多動性障害)について、数十冊以上の書籍を何年もの間、読み漁り、研究とまでは行かないが、ブログの記事にもまとめてきましたが、「自閉症の現れ方は男女で異なる。隠している人ほど精神的な問題が」と云う記事がありまして、自閉症ぽい男性の場合はすぐ分かるのですが、女子の場合は、分かりずらいよなーと考えていましたので、どうしてなのか? 少し判明した様に思いますので、まとめておきます。
社会的な活動に関わる脳の2つの領域(腹内側前頭前野(vmPFC)と右側頭頂接合部(RTPJ))が、女性の場合には発達障害である自閉症を隠してしまうという研究が発表されました。
自閉症の女性、そうでない女性では、これらの脳領域の活動に違いはなく活発だが、自閉症の男性のその脳の領域は、そうでない男性に比べて活動は少なくなっていました。
自閉症の女性の場合、カモフラージュ能力が高い人ほど、「腹内側前頭前野」の活動が活発になっていました。自閉症であることを大きくカモフラージュしている人ほど、重度の自閉症の特徴をもち、精神的な健康に問題もかかえていた。
この様に社会的な活動に関わる脳の領域の活動が違う為、女性の場合は、自閉症だと分からない、気付かない場合が、多々あるのではないかと常々思っていました。
1.ASD(自閉症スペクトラム障害)の女性
実は、長年、ASD(自閉症スペクトラム障害)のグレーゾーンにいる(色の濃さはそれぞれ違いますが)女子を4人ほど知っています。 知っていますと云うより、気が付いてしまうのです。 普通の人は、多分気が付かないでしょう。 「少し、変わっているけど、良い子よ」程度ですが、共通する点は、こだわりの強さ、人との愛着の度合い、女子トークができない点、ちょっと男っぽい点、会社などで上下関係が薄いなど、4人とも、とても頭の良い(知能が高いと云う意味で)、優秀な子たちですけれど、他の子と全然違うのです。
とても優秀だけれど、俗に云う「女子力」が、ほぼ低いのです。 仕事もちゃんとこなしますが、誰にも媚びませんし、結構、孤独ですが、その孤独を不安そうにしない、普通の女の子の様に、「認知的共感」を求めないのです。 一見、自立しているように見えるのですが、そうでもない。
普通の女子力の高い子は、絶対に言わない様な、生意気なことも云うが、私が聴いていて、腹を立てることがありません。 「ほう、言うね」程度に思うだけです。
私自身も、人に好かれようと、サラサラ思っていませんので、何だか親近感がわくのでしょうか、嫌いでは決して有りません。 生活面でも精神面でも、決して自立しているわけではないが、男性の様に自立しているように見えるだけなのかもしれません。
男性脳に近いのかもしれません。 決定的な所は、その「心」故に、誰にも媚びない所でしょうか。
2.普通の女子の場合
普通の女子の場合は、共感を求めると云うより、半径5m以内の「空気」を、自分が不利な立場に置かれないように「びくびく」しながら、周りの空気を巧みに読んで生きています。
これは、男女、関係なく、自分に最大のメリットを得る様に、不利にならない様に、周りに気を使ったふりをして、他人との関係を保とうと、自然と振る舞っています。
通常、私たちは、みんな「報酬」を得られる行動を繰り返す傾向があります。自分にとって好結果をもたらす行動はどれかを無意識で学んでいける心を持っていますが、彼ら(発達障害)には、その心が無いのです。
自閉症の女性の場合は、「好結果をもたらす行動」と云うより、悪い結果が出ないようにする部分の心だけは、働いているのではないでしょうか。
内面は、無理をしていて。。。結果、疲れる。
外見的には、「犬」と「猫」の行動の違いでしょうか。。。。
どんな生立ちだったのか? 「愛着障害」の問題も絡んでくる部分で、慎重に判断する必要があります。
3.人間の「共感性」という面から見ると
障害など病的な側面からは、共感性の欠如は「反社会性パーソナリティ障害(サイコパス)」や「自己愛性パーソナリティ障害」、「自閉症」や「アスペルガー症候群」の代表的な特徴とされる。精神医学ではまだ厳密に定義されていないが、先天的に極端に共感性が低いサイコパスと呼ばれる人達もいる。
ここで、いつも誤解されるのが、「共感性の欠如」と言っても、共感性には「認知的共感」と「情動的共感」の2種類あり、そのどちらが強いか、弱いかによって、全然違う事を認識すべきです。
<2つの共感の違い>
・「認知的共感」:相手の思考や感情を「知的に認識できること」
・「情動的共感」:相手の思考や感情に対して「情的に繋がって反応できること」
普通の人間は、この2つがバランスよく有しているが、よく「おせっかい」と言われてしまう人は、暖かい「情動的共感」はあるが「認知的共感」は少ないということになります。
自閉症者は、一般的に「認知的共感」能力が低く人間関係の構築が苦手だけれど、共感能力の中では「情動的共感」のほうを強く持っていますので、他人が苦しんでいると、優しく反応する人が多く、相手を苦しめるようなことは普通しない。
それに対してサイコパスは真逆で、「認知的共感」はあるが、「情動的共感」が無いのです。分かりやすく云えば、相手を利用するときだけ、「認知的共感」を使って相手を騙す。
サイコパスの「搾取したり、他人を傷つける」行為は、また別な感情の欠落な様な気もします。「良心の呵責」が無いのです。
サイコパスは、「認知的共感」はあるが、「良心の呵責」が無いので、平気で「認知的共感」を利用して、他人を簡単に傷つけることができる。 そこが自閉症とは違う理由でしょう。
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